【講座開催日】2020年2月9日、23日、3月15日

令和2年 2月9日・23日・3月15日の日曜日、午後2時~4時に生涯学習センター研修室1で開催予定でしたが、1回目と2回目が終了した2月末に新型コロナウイルス感染拡大防止のため施設閉鎖となり、3回目は4月12日に延期、さらに4月26日に再度延期したが、施設閉鎖が継続され3回目は中止とし、準備いただいた資料を各受講者に送付し本講座を終了した。
応募者は32名、出席者は第1回31名、第2回26名、平均28名でした。講師は防衛大学校人文社会科学群人間文化学科准教授、博士(学術)三村昌司氏にお願いしました。

                          

講座内容は明治維新と議会のはじまりについての講座ですが、明治維新といえば、「維新の偉人」によって古い幕府が倒され今の政府につながる新しい明治政府ができあがったと思われています。しかしそのイメージは一面的です。新しい社会は短期間に出来上がったのではなく、それなりの長い時間をかけて試行錯誤を繰り返しながら少しずつ形づくられていきました。
この講座ではそのような試行錯誤の道筋を、江戸時代の社会との違いをおさえつつ「議会」に注目して考える講座でした。

                              

第1回目の講義内容:江戸時代はどんな社会か ~「士農工商」を問い直す~
明治以降につくられた「新しい社会」を理解するために、それ以前の日本の近世(江戸時代)の社会を理解する必要がある。江戸時代の社会の仕組みとして、身分制「士農工商」は不正確であり、「農工商」は上下関係ではない。「農民」「商人」という横断的な身分が存在するわけではない。江戸時代の政治は政治に参加できる身分が、特定の身分(=武士)に限定されていた。日本近世の身分制とそれぞれの身分の政治との関わりについて講義をいただきました。江戸幕府から明治新政府への交代は単なる政権交代ではなく、政治のあり方を大転換する歴史的できごとであった。

          

第2回目の講義内容:明治新政府による新たな試み ~キーワードは「公議」~
議会政治の導入として、1867年10月大政奉還、武士だけが政治に参加していた体制から、新しい政治体制の模索が始まる。1868年3月五箇条誓文「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」という新政府が出した政府の基本方針に従い、政治を行うことが宣言された。
そのために、公議所を設置し、議事をルール化したが、「議論」について多くの失敗事例が紹介された。明治新政府は、意思決定を特定の身分が独占していた政治をやめ、「公論」に基づく政治を行おうとしたがうまくいかなかった。背景に調整や妥協を許さず、場合によっては暴力で屈服させることにもつながった(*暗殺)

          

第3回目の講義内容:議論政治の試行錯誤 ~自由民権運動とのかかわりから~
(講義は中止、受講者には資料送付)
新しい政治メディアとして、新聞による建白や演説といった、「公論」形成に役立ちそうなメディアが登場、その後1874年以降、自由民権運動が盛り上がるが、各地で演説会の中止や暴力事件も発生し、「政治」と「暴力」はそれほど遠い存在ではなかった。1890年代政治から暴力が切り離され、演説や討論に基づく議会政治が主流になっていった。
受講者からは明治維新の実情、日本の西洋化する過程での日本人の苦悩が理解できた。
明治以降のテーマを取り上げるケースがなく大変新鮮なお話が聞けました。とのご意見をいただきました。
                                       <篠原英也>


        

あだち区民大学塾講座 講座開催報告

明治維新と新しい政治

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好評のうちに終了しました

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