【講座開催日】2025年2月 15・22・3月1日

 2月15日22日3月1日の3回にわたり、「いまさら誰にも聞けない 日本史の謎」 の講座が足立区生涯学習センター第一研修室で開催された。応募者は71名、受講者は67名。出席者は第1回65名、第2回53名、第3回55名で延べ受講者173名であった。講師は歴史研究家 博士 (文学)・江戸ぶら会会長 跡部 蛮氏

                          

 第1回は「日本国の建国から「武士誕生」と「武士政権誕生」まで(古代から鎌倉時代)
1-日本という国名は養老令(718年)「御宇日本天皇詔」の中で日本とするとあり、それ以前は、国土を大八州、国名を「大和」「扶桑」としていた。
2-貴族の誕生 貴族とは世襲的特権を与えられた人たち。上層の中央官人で「蔭位の制」=父祖のお陰で賜るという意味で自動的に決まっていた。8世紀の奈良時代の高位官人は藤原一族のほとんどが正一位である祖父(鎌足・不比等・房前)の蔭を受けていた。
3-武士の誕生 田堵、名主、年貢の誕生の背景があり、『新猿楽記』に武士が説明されている。
私営田領主から鎌倉幕府御家人(武士団の棟梁)へ上り源平二大武士団の誕生となった。

                

 第2回は「幕府政治の開始」から「乱世」の時代まで(鎌倉・室町・戦国時代)
1-武士の発展 ①下知中分と半済。押領は、鎌倉時代から南北朝時代で制度が変わり、分割相続と惣領制と惣領制の崩壊が背景にある。
2-下剋上の成り立ち ①単独相続と応仁の乱 ②尾張の下剋上。
3-サムライの誕生 ①サムライの原型は、「一所懸命」に奉公してきた地頭の末裔であった。
②真のサムライの誕生となると戦国時代の武士の倫理観は未熟であった。
明治に入って新渡戸稲造の『Bushido,the Soul of japan 』で、日本の魂としての武士道が広まる。文治政治により儒教の影響で体系化され、独自の観念論としての武士道が確立する。
4-将軍と関白 ①将軍と公家 ②秀吉が創設した武家関白る情報を言い、終りは、やはり相手の心にうれしく響く言葉にする。♡⇒伝えること(タスク)⇒♡

                          

 第3回は「江戸の出販業界」から「廃藩置県」まで(江戸時代から幕末・維新)
1-江戸の出版業界と蔦屋重三郎
江戸の出販業界は地本問屋で、鶴屋喜右衛門,蔦屋重三郎、鱗形屋孫兵衛、ほか1853年には146軒あった。地本とは、江戸で出販された本であり洒落本、黄表紙、絵入狂歌本があり、上方の硬い本とは異なっていた。
2-NHK大河ドラマの蔦屋重三郎は「南総里見八犬伝」の曲亭馬琴を手代に登用し、喜多川歌麿を育て、無名の東洲斎写楽を見出だす。
大政委任と大政奉還  ①大政委任 ②尊号一件事件 ③堀田正睦と「廷臣八八卿列事件」から説明された。
3-そもそも日本は鎖国していたのか。日本が海外に長崎,対馬、鹿児島、北海道の4つの口が開いていた。
1801年元オランダ通詞志筑忠雄がオランダ商館医師『日本史』の一部を訳し『鎖国論』を書いたが、江戸の人たちは、鎖国をしているとは、思っていなかった。19世紀に外国船が来た時の断り文言として『鎖国』をつかった。
4-倒幕と討幕のちがい  ①攘夷派 VS公武合体派  ②西郷隆盛らの武力討伐。
5-廃藩置県はなぜ成功したか ①天皇の権威に頼るしかなかった ②江戸時代から続く藩主の財政難であった。古代から廃藩置県までの日本史の謎を多くの資料と新たな見解を示され面白く、難しい日本史に少し近づけたような気がします。先生の最後の言葉は「日本史の奥の深さを理解してください」でした。  以上

受講者のご意見
・講義内容が濃く、資料がとても充実しています。解かりやすい講義でした。
・これまで知ることが出来なかった歴史の裏側を見ることができ、面白く聞かせて頂きました。
・講師の知識のすばらしさにびっくりしました。戦いの始まりは領土問題で相続もしかり、納得しました。                                   (渡辺秀子)


   

あだち区民大学塾講座 講座開催報告

いまさら誰にも聞けない日本史の謎

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