【講座開催日】 2015年 11月13日・24日、12月11日・22日 

   本講座は、11/13・24・12/11・22(午後2時〜4時)の4回にわたり、研修室1において開催された。応募者50名、受講者@47名A43名B45名C43名、延178名。講師は足立区在住・足立史談会名誉会長・元都民カレッジ江戸東京科講師で当大学塾ではおなじみの安藤義雄氏。

                      

   講義の内容は次の通り。
@日本と朝鮮李王朝との外交関係は室町時代に始まり、相互に国使を派遣しその回数は60数回に及んだ。しかし、豊臣秀吉は1592年と1597年の2回朝鮮出兵(文禄・慶長の役)を行い、友好の歴史は破綻した。江戸時代になると1607〜1811年の間に計12回、朝鮮李王朝は日本の徳川将軍に通信使を派遣し、相互友好を図った。なお「通信使」は信義を基本とした隣国との交流である「誠信交隣」を意味するという。最初の3回は秀吉の朝鮮出兵の際に、日本へ連れてきた技術者や農民の帰還を求める「俘虜刷還使」であったが、後には将軍の代替わりの際の襲職の祝賀として来日するようになった。
A文禄・慶長の役で日本へ連行されたのは陶工・印刷工・建築工・儒学者などの技術者や学者と農民であった。しかし帰国を望まず日本へ帰化する者も多く、陶工では薩摩焼・高取焼・有田焼・萩焼・唐津焼など、その後日本を代表する陶芸の産地に発展した。その中で薩摩焼の沈壽官の400年にわたる歴史と作品を振り返った。
B朝鮮通信使の対馬から江戸までのルートにそって、道中の豪壮な歓迎行事や接待・交流の様子をたどる。1711年第8回、6代将軍家宣襲職慶賀の通信使は4月6日釜山を出発し、10月18日に江戸に到着した。実に片道5か月余りの道中であった。
C朝鮮第8回通信使の江戸城訪問を通して、両国の食生活、特に肉食文化や漬物文化の違いを知る。また、朝鮮民族芸能は日本の地方文化に影響し、現代の祭礼にもその伝承を見ることができる。なお毎回講義の前に、「朝鮮通信使縁地連絡協議会の平成21年度活動記録」のDVDを上映した。日韓双方の各地で開催された朝鮮通信使に関する行事から朝鮮通信使の行列の様子をしのぶことができた。

                      


 <受講生の感想のご紹介>
・元々朝鮮通信使に思いがありましたので良い機会でした。
・これが動機づけとなり総清見寺をたずね来年早々鞆の浦を訪ねる予定。
・資料が詳しく書かれているので、後で再度読んでも判り易く助かります。
・毎回内容(テーマ)が異なり面白かった。
・講義がわかり易く楽しい中に知識を少しは身につけられた気がします。安藤先生の学識の深さに敬服いたしました。
・表面的な事しか知らなかったのですが、この講座でより深く知ることが出来ました。

                                                                                                                                                                (糸井史郎) 

        

平成27年度あだち区民大学塾開催報告

今、見直す『誠信交隣』朝鮮通信使の実態

好評のうちに終了しました

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