【講座開催日】2025年1月13日
今年の特別講演会は1月13日(月・祝日)生涯学習センター講堂において開催しました。
講師はおなじみのお江戸ル“ほーりー”こと堀口茉純氏です。タイトルは、「蔦屋重三郎~大河ドラマの主人公の実像にせまる」。応募者は142名、受講者は129名です。現在、NHK大河ドラマで放映中です。

蔦屋重三郎は、田沼時代の寛永3年正月7日に遊郭の町吉原で生まれた。重三郎7歳の時、両親が離別したため、吉原で蔦屋という屋号の茶屋を経営する北川氏に引き取られその養子になって蔦屋重三郎になった。当時吉原は幕府公認の花街だったが、初期の花魁は容姿だけでなく教養、芸が必要で三味線、歌、踊り、華道、書道も会得していた。花魁、太夫は客を選ぶ立場だった。客は大名たちとお付き合いしていて、客は「つう(物事に精通していること)」「いき(心意気で精神面、心があか抜けていること)」が大切にされた。
田沼時代は蔵前の札差(お米を金に換金する業者)が金持ちで吉原に通った。吉原の地図を見ると大門をくぐると「引手茶屋(遊び方の案内所)」があり賑わっていた。

20代に入ると貸本屋として書店「耕書堂」を吉原の入り口である大門近くに出店し、出版物の小売りを始めた。やがて書店業のかたわら出版業に乗り出すと30代には様々なジャンルの本を企画して出版し、次々とヒットさせた。まず、安永4年(1775)に「吉原細見」を出版し、安永9年(1780)より当時流行黄表紙の出版を開始する。黄表紙とは文章や絵を巧みに織り交ぜて世相を表現し、読み手の知的好奇心をくすぐった、大人向けの娯楽小説のことです。こうして流行の出版物を刊行する版元へ転身を遂げていく。

最初は狂歌絵本で狂歌は和歌の形式保ちながらも、通俗的な言葉により滑稽さや風刺の精神が盛り込まれた短歌のことである。寛政8年ごろになると浮世絵に力をいれた。美人画の喜多川歌麿、役者絵の東洲斎写楽の2枚看板で浮世絵のマーケットをリードした。
蔦屋重三郎は喜多川歌麿をかわいがっていて耕書堂に住まわせていた。絵がうまく錦絵「美人画」で勝負した。喜多川歌麿の美人画はそれまでは全身像だったが上半身顔のアップの美人画があたりお客が殺到した。「寛政三姉妹」「ビードロを吹く女」など。
次に「役者絵」で東洲斎写楽の大首絵がヒットした。大首絵はそれまでの役者絵と異なり
アップでの浮世絵で好評だったが一年足らずで消えた。余りにもリアルに書こうとしすぎて世間に受け入れられなかったため。
こうして江戸のメディア王となったが48歳で病に倒れた。
講師は浮世絵を大型スクリーンに映して解説していただきわかりやすく理解でました。
受講者の意見:
・NHK大河ドラマがスタートしタイムリーな講演内容でよかった。
ドラマの内容が理解できこれから大河ドラマが楽しみになりました。
・講師がよかった、言葉も明瞭でよく理解できた。
・蔦屋重三郎が活躍した時代背景と吉原の役割がよくわかりました。 等好評でした。
![]()

ほーりーと講座の運営スタッフ

あだち区民大学塾講座 講座開催報告

好評のうちに終了しました
講座チラシもご覧下さい←クリック
特別講演会 開催報告
撮影現場↑