
【講座開催日】2025年10月9日・16日・23日・30日
この講座は10月9日・16日・23日・30日(毎回木曜日)の4日間にわたり開催されました。本講座は、今年5月に開催いたしましたが、募集の2倍を超える多くの応募があり、応募者の約半分が落選となった為、講師のご厚意により落選者の対応として、今回の再開催に至りました。出席者は、第1回42名・第2回42名・第3回43名。第4
回は現地学習で街歩きのため2組に分けて実施し、午前・午後併せて合計34名でした。講師は「安藤昌益と千住宿の関係を調べる会」事務局長の矢内信吾氏。1回~3回までの座学と4回目の現地
学習は、前回(5月)に開催されたものと同内容にて実施いたしました。

第1回は、「千住宿の成立と発展」として、千住宿の役割や整備の状況と農産物や物資の集散地となって江戸四宿で最大の人口を抱え、文化活動も盛んであったことが述べられた。また、宿場の役割リ・仕組み・活発な文化活動など街の変遷が紹介された。時代と共にまちは南に拡大され、仲町・河原町・橋戸町が加わり、更に現在の荒川区の中村町・小塚原町が加わり、それぞれ北組・中組・南組と呼称され、「大千住」と言われるようになった。近郊には日光東照宮の大棟梁の甲良家に徳川家より1万坪の別荘地が与えられ、甲良屋敷が設置された。

第2回は、「千住宿の文化と医学のお話」として、甲良屋敷を譲渡された田村藍水は「雲和亭」と名付け、人参や本草栽培を行った。藍水の弟子・平賀源内は5回の「薬品会」を開催した。また、千住宿で人体解剖を行った杉田玄白と解体新書。安藤昌益の「自然真営道」が千住で発見されたいきさつについて詳しく解説された。昌益の医学を継承した川村寿庵と真斉の親子・橋本玄益・佐藤元萇など。更に東大卒業後に父親の橘井堂医院のある千住に居住した森鷗外の千住とのかかわりや佐藤元萇との関係について解説された。

第3回は、「千住の文化人たち」として、「甲良家の人々と甲良屋敷」では徳川家に登用された甲良家が日光東照宮の創立や補修を担当したこと。田村藍水は甲良家から屋敷を譲渡されて朝鮮人参を栽培、藍水の弟子に平賀源内がいて「薬品会」を開催したことなどが重ねて紹介された。松尾芭蕉は
1689 年に千住から「奥の細道」の旅を出発したこと。矢立初めの句は「行春や鳥啼き魚の目は涙」とも「鮎の子の白魚送る別れ哉」とも言われている。その他「千住酒合戦」「寺子屋・郡雀堂」「内田銀蔵」「河合栄治郎」などが紹介された。

第4回は、現地学習で「千住を歩く」 北千住西口交番前 (出発)―旧日光街道―千住本陣跡―勝専寺(赤門寺)―河合栄次郎生家跡―森
鴎外橘井堂跡―千住宿問屋場跡―慈眼寺(安藤昌益の原稿本『自然真営道』発見の地千住碑・橋本家の墓地)―佐藤元萇藁園跡―藁屋橋本家跡―内田銀蔵生家―穀屋跡―掃部堤(墨堤通リ)―橋本玄益晩成堂跡―仲町氷川神社―千寿小学校跡(芸術大学)―堀内亮一好生堂跡―甲良屋敷雲和亭跡(千寿常東小学校)―トラヤ内千住昌益文庫東京電機大学前
(解散) 「現地学習」では、約2時間半、前3回の講義で話題となったゆかりの地を講師と共に探訪致しました

受講者のことば
・千住宿の成り立ちを知ることができ楽しい、特に安藤昌益の考え方が参考になった。(80 代男性)
・あまりに詳しい調査・研究されてきた内容に驚き、そして感心しております。(70代男性)、
・地道な矢内先生の調査活動はとても面白い、また興味・関心をそそられたので、いま千住について足で調べ始めてる。足立区について、千住にとても熱意を感じさせる講座です。知らないことばかりで、とても興味深く拝聴させていただいています。足立区をアピールする事と、区民の皆様が興味をもってもらう事が大切だと思います。(70 代女性)。
・千住に住みながら全く知らない人物について知ることができ、たいへん勉強になりました。(70 代男性)
・講座は久しぶりに申し込みました。春は落選しましたが、再度、開講して頂き有難うございました。期待どうりで興味深いないようでした。(70代女性)、
・以前から興味のあった内容なので、さらに千住について興味が増しました。(70代男性)
担当者所感
矢内講師は令和2年度に「千住の文化人 安藤昌益から佐藤元萇・森鷗外へ」の講座を担当していただいたが、今回は「千住宿400年講座『千住宿400年の人と歴史』」として5年間のご研究の進捗と千住宿400年の 歴史を興味深く講義していただいた。改めて感謝の意を表したい。 (糸井史郎)
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あだち区民大学塾講座 講座開催報告


好評のうちに終了しました
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